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国際会館のモダニズム建築

国際会館のモダニズム建築 I

国立京都国際会館 建物誕生秘話

国立京都国際会館は台形・逆台形の空間の組み合わせで形づくられ、合掌造りか神社の社殿を彷彿とさせるような日本の伝統様式をモチーフとしたその建物は、訪れる方に強いインパクトを与えます。

日本の会議場の中でも、また海外のそれと比較しても、非常に斬新かつ気品のあるこの建物は、60年代の近代建築美を誇り、なおかつ古都京都や周辺の自然との調和を備えた文化遺産として、DOCOMOMO Japanの「関西のモダニズム建築20選」や建設省(旧国土交通省)の「公共建築百選」に選ばれています。また、「建築業協会賞」なども受賞しております。

設計者の大谷幸夫は東京で生まれ、東京大学及び大学院で建築を学び、丹下健三に随従していました。1963年、正統的公開懸賞競技設計(コンペティション)が、この国で初めて「国立京都国際会館」を通じて成立しました。

設計競技募集要項には、「近時、わが国において国際会議が開催されることが多くなってきているにも関わらず、適当な施設がほとんどないのが現状である。わが国は積極的に国際会議を招待し、政治、経済、学術等の分野において飛躍的発展をはかり、国際文化の交流に寄与していきたい。この会館は国際文化観光都市京都の新しいシンボルとして、世界に誇るにたる優れた造形作品であることが要求される。」というような内容のコメントが建設大臣より寄せられていました。

伊藤滋委員長をはじめ、前川國男、松田軍平、佐藤武夫、丹下健三、東畑健三など著名な建築家が審査員を務めました。応募作品は195点に及び、審査報告と共に公開されましたが、大谷幸夫と世代を同じくする気鋭の作品が揃っていました。

国際会館のモダニズム建築 II

自然が育んでくれた建築

「国連総会議場のような国際会議のための建築を日本にも造ろう」という構想のもと、1963年、国による公開コンペが行われ、195点の応募作の中から大谷幸夫氏の案が選ばれました。

大谷氏の手記には、「比叡山を背景にした穏やかな山間の宝ヶ池の風景に、古都京都の風情を感じ、その風情を損なわないよう、自然の佇まいに設計の枠組みを委ねた。」とあります。「自然の体系のもとで、建築の在り方を検証する」といった自然との応答の仕方は、日本の建築の自然に対する伝統的作法と思われます。

台形・逆台形の空間の組合せで形づくる国際会館固有の建築的形質は、まさに自然との応答を介して導き出されたと言えるでしょう。周辺の山々の穏やかな曲線に対して、大会議場のスケールが大きく、四角形の形状のままでは異形のものが立ち現れたように感じられました。そこで、山肌に迫っていた議場の壁面を内側に傾け台形とすることで、必要平面積を確保しながら建物のボリュームを削り、周辺の山々を圧迫することを緩和しようとしたのです。

一方、事務局・控室などの会議場をサポートする空間では、深い庇をさしかけることで、快適な居住空間を導く日本古来の建築手法を踏襲し、その外郭線から逆台形となったのです。

さらに大谷氏は、「国際会議場とは、文化を異にする多様な国及び地域の人々を迎える大切な場であるため、わが国の文化的伝統形質を踏まえ、現代建築としての国際性・共通性が望まれる。」と、国際会議場に求められるアイデンティティについても述べています。 外観の独自性と室内の機能性を兼ね備えたこの建物は、その完成度を高く評価されています。

国際会館のモダニズム建築 Ⅲ

大会議場のデザイン

4階まで吹き抜けた高い天井、広がりのある台形の構造、シンメトリックなデザイン。国立京都国際会館の大会議場は、そこに一歩足を踏み入れると、自然と背筋がすっと伸びるような心地よい緊張感があります。非常にフォーマルな雰囲気を持った空間です。

天井には天空に浮かぶ地球をイメージした円盤が飾られていますが、これは照明のための反射板です。また、この円盤によって天井に露出した梁の中央部を隠蔽することで、空間に力学的な安定感を与えているのです。 ステージ正面壁の左右にあるアルミのオブジェは万国旗を掲揚する旗竿です。旗竿をそのままデザインに使用することで、やや広すぎる議長壇回りの空間を小さく見せ、安定させたのです。ステージ正面壁の中央部分はV字でデザインされ、その中には様々な形状のアルミの鋳物ピースが埋め込まれています。これは、国際会議とはそれぞれが固有で互いに文化系や意見を異にする国や地域の人々の集まりから始まることを象徴しようとしたものです。

この会議場にはもう一つ特異な点があります。それはステージと客席の間にある階段です。この階段によってステージと客席を行き来することが可能なため、情報を発信する側と受ける側が一体化できる構造となっています。

これは、設計者である大谷幸夫が、「大会議場は各国代表の空間、議長の空間、傍聴者の空間の三つから合成されるとすれば、都市の’広場’と同じような性格を持たせてもよいだろう」と考えたからです。議長、代表、傍聴、報道、運営といった様々な人々が集まるスペース。都市の広場が幾つもの異なった建築に囲まれているように、幾つもの空間から大会議場は創られているということです。

国際会館のモダニズム建築 Ⅳ

ラウンジのデザインとその役割

1997年12月の京都。全体委員会は断続的に開かれては中断される、行方の見えない状態でした。閉会を目前にして焦りと緊張が交錯する中、国立京都国際会館のロビーやラウンジでは、水面下での折衝が至る所で繰り返されていました。エストラーダ議長が反対国の代表団に近づき、ラウンジのソファーに誘う光景も何度か見られました。

レベルの少しずつ違う各階の幾つかのラウンジに立つと、大会議場や中、小会議場にいる代表団の動き、3階通路の運営スタッフや報道関係者の動きが見えました。様々な人の動きが互いに見えることによって、会議場全体の状況を感覚的に捉えることができました。 そして会期を1日延長して全体委員会が終了し、徹夜で協議された案が本会議に提案されました。「京都議定書」はこのようにして採択されたのです。

建物の約70%を占めるゆったりとしたロビーやラウンジなどのパブリックスペース。1階ラウンジより2階への階段途中からV字形柱を眺めてみると、力強い3つのVの柱の奥に輝く一筋の光が見えます。その光に天井から醸し出す間接照明の柔らかな光が相まって、ラウンジ全体の出す雰囲気は何とも言えないものがあります。外観の豪壮さから一転して、非常に落ち着いたものにまとめられています。

「フォーマルなものが会議場。ラウンジはインフォーマルな会議、会談、交流が行われる広場のような空間。」

建築家の大谷幸男は、フォーマルな会議場と対置して、自然のスペースがインテリア化したもの、建築化されたものと考えてラウンジをデザインしました。石垣のような扱いや苔の色を取り入れたじゅうたんなどはその表れと言えるでしょう。

会議と会議の合間にコーヒーを飲みながら交わされるインフォーマルなコミュニケーション。それはどのような会議においても、豊かな交流の場であり、会議を成功に導く大切な要素の一つなのです。