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ICC Kyoto

半世紀の概況

 1966年(昭和41年)の設立から半世紀、国立京都国際会館で開催された国際会議は、政治、経済、学術、文化等の各分野にわたって約2,000件、国内会議・各種催事は約1万5,000件、これに参加した人の総数は1,200万人近くとなる。
 当館における最近10年間の会議開催状況をみると、年間平均約260件(うち約48件は国際会議)の会議が開催されている。特徴的な年度として、2011年(平成23年)の東日本大震災の直後には、全国的にも訪日外国人が減少する事態となり、当館においても国際会議のみならず各種会議の取り消し、延期、開催形態の変更など大きな影響があった。
 しかしながら、国際会議の開催・誘致に関しては、日本政府・開催地の行政、コンベンション関係者の多大な努力などもあり、著しい影響を長期的に受けることは避けられた。
 また、近年の顕著な特徴としては、開催会議の規模の大小はあるものの、全体を占める国際会議の比率が高まっていることである。国内の数ある会議場施設の中でも国際会議比率に関する当館の水準は、他の会議施設に比べ相当高い水準にある。これは、京都のまちの魅力を背景に、日本政府や地元行政をはじめとする関係諸機関と当館との連携による「オール京都」、「オールジャパン」での誘致活動が奏功した所産である。

 開館以来、当館は設立趣旨に鑑み、国の国際会議施設としての役割を果たすべく、政府間会議、国連などの国際機関や国際組織が主催する国際会議を重視してきた。
 まさに当館のこけら落としともいえる第5回日米貿易経済合同会議が、1966年(昭和41年)7月に、開催された。この国際会議は日米両国7人ずつの閣僚が参集した(会議参加者総数は約240人)大変重要な会議であり、会議の成否のカギを握るといわれる同時通訳や館内放送設備の準備において、スタッフは参考となる情報を集め、知恵を絞り、万全な体制を整えることができたため、支障なく成功のうちに終了した。
 会議の内容は非公開で、報道関係者数は600人を越えたため、当館の全景から細部までが大きく新聞やテレビで紹介された。日本だけでなく、APやUPIなど、海外の通信社もこれに注目し、ニューヨークタイムズなどの外国紙に一斉に報道され、思いがけぬ当館のPRとなった。

 この国際会議の成功により、国立京都国際会館は、日本で最初に建設された国立の国際会議場(施設)として、今日まで滞ることのない会議開催が可能となっていると言っても過言ではない。
 政府間会議としては、1992年(平成4年)の野生生物保護についての第8回ワシントン条約締約国会議、1993年(平成5年)の第45回国際捕鯨委員会総会、1994年(平成6年)には、第18回南極条約協議国会議および、会議規模・期間からみてわが国最初の大型国際会議といえる国際電気通信連合(ITU)全権会議などが開催された。さらに、2007年(平成19年)に第40回アジア開発銀行年次総会、2010年(平成22年)には第11回APEC財務大臣会合が開催された。
 国際学会については、1966年(昭和41年)8月の第6回国際電子顕微鏡学会を皮切りに、1994年(平成6年)に第24回国際園芸学会、第15回国際移植学会世界会議、1995年(平成7年)に第4回神経科学世界大会、そして2015年(平成27年)には第5回世界工学会議などが開催されている。
 国際会議を分野別にみると、50年間を通じて、医学、科学・技術関係の会議がもっとも多く過半数を占めており、経済関係、芸術・文化関係がこれに続いている。
 国内会議については、年により件数、分野別の内訳等に差がみられるが、開館当初の10年間は、新設の会議場ということもあって、少人数の会合も含め開催件数が多く、分野別ではオイルショック以前の好景気を背景に経済関係の会合の割合が大きかった。また、近年においては、国際、国内会議に共通した特徴として、多様化、大型化する傾向がある。参加人数が10,000人を超える学会やイベント、展示やポスターセッションとしてのスペースを数千㎡以上要する学会なども多数あり、そのスペース不足を解決するために大型の仮設テントを設置し開催された会議もあった。

 毎年定例的に当館で開催されるものとしては、開館初年度の1966年(昭和41年)11月に開催された国際青年会議所世界会議を機として、1967年(昭和42年)以降、開催されている日本青年会議所京都会議。1967年(昭和42年)から継続的に開催されている関西財界セミナーをはじめとして、1985年(昭和60年)から毎年開催されている京都賞授賞式。1989年(平成元年)から2005年(平成17年)にかけて計6回にわたって開催された国連軍縮京都会議や、2004年(平成16年)以降開催されている、科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム「STSフォーラム」などがある。
 1968年(昭和43年)から1970年(昭和45年)にかけて4回開催された、日本万国博覧会参加国政府代表者会議がある。これらの会議を重ねたのち、日本万国博覧会「EXPO’70」が大阪で開催され、日本の高度経済成長期を牽引する原動力となり、大成功を収めた。次に、1987年(昭和62年)の第1回世界歴史都市会議がある。これは、世界の歴史都市が積み重ねてきた都市の果たすべき役割を探ることを目的として、京都が最初の開催地となった。その他、2008年(平成20年)に源氏物語千年紀記念式典と「古典の日宣言」が開催され(「古典の日」を11月1日とすることが法制化)、その後、2009年(平成21年)から2015年(平成27年)にかけて、古典の日推進フォーラムが開催されている。また、環境分野の会議として、2010年(平成22年)から毎年開催されている、「KYOTO地球環境の殿堂」表彰式がある。これは、地球温暖化防止京都会議(COP3)が開催されたことにより、当館が「京都議定書」誕生の地となったことに起因している。

 「国立京都国際会館の歴史は日本の国際会議の歴史」といわれるように、オープン以来半世紀にわたり、日本のコンべンションの先駆者としての役割を果たしている。